✝  地方教会の恩恵と限界

 

 

◇地方教会とは

 

地方教会(小教区の共同体)はなくてはならない環境です。新しい人を受け入れやすく、交わりやすい場で、一緒にキリストの食卓に与る場で、メンバーが動ける環境です。また信仰を深める場でもあるでしょう。しかし自分の中に閉じこもる危険があります。共同体の交わりは三位一体の交わりのように、オープンな交わりでなければなりません。三位一体の交わりは完全にオープンな交わりです。御父は御子をお遣わしになり、御子は聖霊によって人となりました。イエスは最後の晩餐の時、「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守って下さることです」と祈りました。キリストの弟子がいるところは当然世の中です。

 

 

◇地方教会の現状

 

しかし、他の教会や教区からの刺激が少ない場合に、満足してしまい現状に甘んじてしまう危険があります。宣教よりも内輪の円満を重んじることもありえます。

共同体のメンバーに影響を受けて求道者になる人は少ないでしょう。昔ミッション・スクールに学んだとか、キリスト教の本を読んだとかなどで来ているのではないでしょうか。信者の友達の影響を受けて教会を訪ねてくる人はほとんどいません。

 

 また、各教会で地区の制度はできているが、その主な役割は教会での仕事の分担で、住んでいる場での活動はほとんど話題になりません。また信仰を伝える力を育てる活動グループが各教会にあります。「伝える」という言葉は宣教を意味しているが、現実には多くの場合に共同体の信者の信仰を深めることだけになっています。

 

 地域の慈善団体に場所を貸したり、信者が地域ボランティア活動に参加したりすることはもちろんとても良い事で続けなければなりません。ただ、そうした現状に留まるなら、宣教のために限界を感じるのではありませんか。

 

 以上のことを考えれば、地方教会が宣教する共同体になるためにもう少し知恵を絞る必要があるのではないでしょうか。

 

 

 

◇宣教をする場所はどこか、そのために必要なことは何か

 

イエスが私たちを遣わすところは、自分の共同体ではなく、社会の中です。信者は、住んでいるところ、学ぶ学校、働く場へ遣わされています。教皇フランシスコは言っています―「教会の門をいつもあけておいてください」。これを聞いたとき、教会にだれでも入りやすくするためだと思った人もいたでしょうが、教皇の考えは「キリストが出かけて、町の中に行かれるため」という意味でした。地方教会で宣教の力を育て宣教するのは住んでいる場所であり、教会ではありません。

 

宣教を考えると、近くの教会との協力が必要となっています。特に横須賀市の教会同士の協力は必要です。なぜかと言うと同じ町内にほかの教会に属している信者も住んでいるからです。宣教から考え始めると、他の教会との交わりは欠かせないことです。町内会、学校のPTA、市民運動などで働くときに、他の教会の信者の存在を知ることは大きい力になります。

 

 

◇これまでの取り組みを振り返る

 

 さて三十年前に、横須賀市の二つの教会、三笠教会と大津教会が一緒に働くために、三笠にいた岩永神父と田代神父と大津の私は、各教会の委員会とともに、いろいろなことを始めました。

 

まずお互いを知り合うために、また横須賀市のカトリック教会が、二つの礼拝堂があっても教会は一つであると意識を深めるために、一年一回の合同ミサをささげることになりました。三笠でも大津でもなく、三浦市の清泉小学校の自然教室で合同ミサをささげました。

 

そして横須賀市を12の地区に分けて、毎年一回各地区で家庭ミサをささげました。その時に二つの教会の信者が与っていたので、お互いを知りあうことができました。家庭ミサのおかげで、ハイランド地区の信者の家では、遠い教会に行く気持ちのない近所の人を招き聖書研究会が始まりました。

 

栄光学園の「海の家」で、壮年会の一泊の錬成会と婦人会の一日の錬成会も何年間も行いました。そして三浦海岸で新しい共同体ができた時、三つの共同体の力を合わせてその努力を続けました。

 

1992年に信教の教会と一緒に「ファミリークリスマス」を横須賀市文化会館で行いました。これは今でも続いていて、今年で32回目になります。最初は文化会館で行いましたが、その後は横須賀学院で行っています。

 

1993年に横須賀市文化会館で曽野綾子さんの講演「聖書と私」を三教会合同企画で行うこともできました。多くの未信者を含む800人以上の参加がありました。

 

外国籍の信者の司牧も一緒に考えるようになりました。三笠教会にフィリピン・デスク、大津教会に南米・デスクと分けました。

 

最後に三浦半島の教会のニュースを届けるために『カトリック半島』を一緒に発行しました。

 

また、二つの教会の入門講座のプログラムを一つの案内のリーフレットに乗せました。

 

 

◇取り組みを支えたもの

 

 

 こういうことができるために二つの助けがありました。一つは当時の浜尾司教は三浦半島の宣教を大切にして、1981年に私を大津教会に任命した時、大津だけではなく三浦半島の宣教も考えなさいと指示していました。ちょうどその5年前に京浜急行電鉄は三崎口まで伸びていたので、三浦市の人は逗子に行くよりも横須賀市に行きやすくなりました。浜尾司教は1986年に三つの教会の協力を励ますために私を三つの教会の主任にしました、そのあと三つの教会を一つの司牧チームに任せて、私はそのモデラト-ルにしました。私が菊名教会に任命されるときまでそれは続きました。

 

 もう一つの大切な助けは、三笠と大津の年に二回の合同委員会でした。各教会で、行ったことの報告ではなく、計画をすることでした。合同ミサとそれに続くパーティの準備、錬成会、「カトリック半島」の三教会合同の教会報、ボランティア活動(聖ヨセフ、衣笠病院)、信仰一致の新教の教会との合同礼拝、病者の世話を計画し実行しました。

 

 この協力は特に三浦教会の誕生のときにすばらしかった。第4地区の教会に及んで、良い効果をもたらしました。ここで三浦教会の創立二十五周年の「渚」()の雑誌に書いたことを載せることにします。「三浦海岸教会の建設の時第4地区の協力も素晴らしかった。三笠教会から2,000万円、大津教会から1,500万円、逗子教会から1,000万円、雪ノ下、由比ガ浜、金沢教会合わせて1,000万円、聖母訪問会から100万円の献金がありました。三浦地区の信徒の2,000万円を超す寄付、追加に600万円の寄付もあって、資金調達努力の実りは8,500万円になりました。こうして第4地区の一致は固められたのです。」

        三浦海岸教会報「渚 献堂25周年記念特別号」201856日発行

 

 

◇これからの三浦半島宣教のために

 

以上の横須賀三笠、横須賀大津、三浦海岸の協力が、そのあと弱ってきた理由はよくわかりません。根が深く入っていなかったからでしょうか。しかし三浦半島の宣教のため、三教会の協力は今でも欠かせないことだと思っています。

 

例えばこれは信仰教育の一つの案に過ぎないが、教会学校のやり方を新たに考える必要があるのではないか。塾または学校活動のため、教会に土曜日、日曜日定期的に来なくなってきた今の時代では、ヨーロッパの教会に倣って、子供が住んでいる町内の、ある信者のお母さんの自宅で、平日に4、5人の子供が集まってそのお母さんからイエスと教会のことを学んだらどうでしょうか。

 

また宣教のためにも、三教会が一緒に行えることはあるでしょう。お互いの教会の活動を報告し合うだけでなく、何を一緒に行えるかを話し合い実行してみませんか。社会の中での宣教を優先するために・・・。

 

協力司祭 カンペンハウド神父

(教会報142号記事より)

 

 

教会報担当スタッフより

去る56日、三浦海岸教会で梅村昌弘司教様司式による献堂25周年記念ミサと祝賀会が行われました。

説教や祝辞、歓談の中で、三浦半島全体の宣教を視野に入れて三浦海岸教会の誕生に尽力されたカンペンハウド神父様へのたくさんの感謝が述べられていた事がとても印象的でした。

この巻頭記事は、今あらためてカンペンハウド神父様の願う宣教について共同体信徒へのメッセージを、というリクエストに応えて書いて下さったものです。