✝ 大惨事 -東日本大震災-

 

この未曾有の巨大地震に遭われた方々の苦しみ悲しみを思い、彼らのために心から祈りたいと思います。

 

それと同時に、自らの信仰も試されているでしょう。神は全能であるなら、どうしてこのような惨事を許したのでしょうか。神は人々を愛しておられるといわれるのに。また、聖書にある「自分の命のことで、何を食べようか、何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな」といったキリストのことばも理解しがたいでしょう。しかしこうした時こそ、このことばの理解は人生に大きなプラスを与えるでしょう。どういう状況に置かれていても、神は私たちのそばにいてくださるのです。

 

さて、戦争や人種虐殺のような人々が起こす災いは、神の御心に背いているのですから、神の慈しみを疑うことになりませんが、自然の不幸の場合は違うでしょう。たとえば、幼子を残して癌で亡くなる若い母親の死は神の慈しみに疑問を起こさせることがあります。なぜそうなるのか。どうして自分の祈りが聞き入れられなかったのか。今回の大惨事で、たった数分間で多くの人の命が奪われたことも神の愛に疑問を持たせるでしょう。

 

 神は未完成の世を人に委ねました。人を創造の協力者にしてくださいました。神の働きは、人間の働きを通して行われるのです。人は多くのことで成功してきました。昔は不治の病と言われた多くの病気を治せるようになり、寿命は大きく延びました。宇宙を飛ぶこともできました。しかしまだ、命を奪う戦争のためにどれ程のたくさんのお金が使われているでしょうか。そのお金は癌をなくすために使ったらと思うこともありましょう。優先すべきことは何でしょうか。

 

 宇宙を飛んでも、スカイツリーを作ってもまだまだ自然の力を左右することはできません。謙虚になって考えるとき、人は自らの弱さを感じざるを得ません。大惨事の時、確かに人のもろさを感じます。しかしそうした時にこそ、神は一緒にいてくださることを深く信じ、困難を乗り越えることができると悟らなければなりません。

 

 今、神の御心とは、苦しんでいる人々に自分のものを分かち合うことです。それは物質を分かち合うだけではなく、希望も分かち合いたいと思います。

 

協力司祭 カンペンハウド神父